としてやに竹



二人、並んで壁にもたれていた。
一衛の息がかかると、病がうつりますと涙ぐむので、並んでそうしている。
既に肺臓は腐りかけていて、何が起きてもおかしくはありませんと、医師からは告げられていた。

「一衛。寂しくはないか?」
「目を瞑れば、いつでも直さまの広いお背(せな)が見えますから。」
「可愛いことを言う。」

身体をずらすと、何やら懐から小さな包みがかさと落ちた。

「ん……なんだ?」
「軸が折れていたのですけど、何とか直して……一太郎ちゃんにあげようと思って……。時々、お染さんが連れて来て、窓の下から手を振ってくれるんです。何もあげるものがなくて……」
「そうか、お染さんか。律義な娘だな。あれから一度も会っていないが、子供はもう大きくなっただろうな。」
「もうすぐ、下の子が生まれるそうですよ。教えてあげたら、一人で飛ばせるかもしれませんね。こんな玩具でも喜ぶかなぁ……」
「わたしに父上が教えて下さったように、一太郎にもきっと父親が教えてくれるだろう。」
「そうですね……もうご亭主はお侍ではないそうですから、一太郎ちゃんはずっと父上と過ごせますね。」

幼いころ、父親を恋しがって涙ぐんだ一衛だった。
胸から落ちたのは、直正が日新館に通い始めたころ拵えてやった、不格好な竹とんぼだった。
まだ寺子屋へも通えない一衛のために、一緒に遊ぶよう什の仲間の分も作ってやったのだ。
増水した鶴沼川に落として泣いた一衛のために、飛び込んで拾い上げたものだった。

「こんな壊れたものを、まだ持っていたのか?」
「これは……直さまが初めて下さったものだから、一衛の宝物なのです。」
「時間があるから、新しいものを作ってやろうか?」
「では、一太郎ちゃんに作ってあげてください。わたしにはこれがありますから……。」
「よし。これからすぐに作ってやろう。」

直正は庭箒をもってきて柄の部分を使い、器用に削ると、瞬く間とんぼをこしらえた。

「これをそのまま庭に戻したら、婆さんが驚くかな?」
「一言断らないと、気の毒ですよ。腰を抜かしたらどうするんです。」
「一衛は二階の窓から見て、笑っていればいい。」

寸法の短くなった柄を見て、一衛は楽しそうに笑った。
目を輝かせて覗き込む一衛の姿に、懐かしさがこみ上げる。

「ほら。出来た。今度、一太郎が来たら窓か落るといい。風に乗って、少しは飛ぶだろう。」
「そうします……」

ふっと小さく息をつくと、一衛は光る刃物を見つめた。

「直さま……その肥後守(小刀)を……少しの間、貸してください。」
「駄目だ。」
「借りるだけです……から……」
「駄目だと言うのに。一衛の考えることが、わたしにわからないとでも思うのか。」

もみあって取り上げると、悲しげな眼をした一衛は背中を向けた。
置かれてゆく淋しさに、ふと浅はかな考えを見透かされたのが悲しかった。
俯いたまま、肩が震える。
静かに涙していた。
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