一目散に逃れないげ


 勘太郎は、辰巳一家に寄ってみた。羽振りのよかった辰巳一家が静まり返っていた。 戸は閉じられ、中から突っ張りがされているようであった。中で突っ張り棒がしているということは、中に誰か居るに違いないと思い声をかけてみたが返事はない。
   「親分どうした、誰か居ないのか」
 戸をガタガタしてみると、カタンと突っ張り棒が倒れた。
   「くそーっ」
 三下が一人、長ドスを抜いて飛び出してきた。勘太郎に優しかった泰吉だった。
   「泰吉兄ぃどうした、俺らだよ、勘太郎だ」
 急に緊張が解けたのか、泰吉はヘナヘナとその場にしゃがみ込んでしまった。
   「親分は奥に居るのか?」
 泰吉は声が出ないのか、ただ「うんうん」と頷くばかりであった。勘太郎が奥に入ると、辰巳親分は布団に俯せに寝かされており、もう一人の三下が親分を護って、長ドスの鞘を抜いて構えていた。
   「俺らだ、勘太郎だ。親分は斬られたのか?」
 その三下は、腰を抜かして泣き出してしまった。

 二人の三下が少し落ち着きを見せたので事情を訊いてみると、猪熊一家が縄張りを奪うのが目的で、親分を不意打ちで肩から背中にかけて斬りつけたらしい。これには、辰巳一家の元代貸半五郎が一役買っていて、半五郎に二代目を継がせる意思がない親分を恨んでの裏切りだと言う。

   「泰吉兄ぃ、親分の傷は深いのか? 医者はどう言っている」
   「命には別状ないらしいのだが…」
   「どうなのだ?」
   「一度看てくれただけで、膏薬の張Pretty Renew 旺角替えもしてくれない」
   「金が払えないからか?」
   「いや、猪熊一家が医者を脅してここへ来させないようにしているらしい」
 今に、ここへ親分の息の根を止めにやってくるだろうと言う。そうなれば、自分達も殺されるに違いない。
   「兄いたち、凄いなぁ、それでも逃げずに親分を護っていたのか」
   「義理人情の世界に生きると決めたのだから仕方ないよな」
   「そうか、そんなことは俺らがさせねぇ。先手必勝だ、もうすぐ日暮れだが、今から猪熊一家に殴り込みをかけてやる。兄ぃたちは、親分を護っていてくれ」
 勘太郎は、腰に長ドスをぶっ込むと泰吉たちの返事も待たず、猪熊一家を目指して駆けて行った。

 猪熊一家では、辰巳一家を根絶やすために親分の指図を受けた半五郎ほか子分四人がこれから出掛けるところであった。

   「待ちやがれ、俺らが帰って来たからには、てめえらの勝手にはさせねえぞ」
 勘太郎は、両手を広げて五人を遮った。
   「なんでえ、勘太郎じゃねぇか。けえってきたのか」 裏切り者の半五郎が気付いた。
半五郎の顎が、「勘太郎も殺ってしまえ」と命令した。辰巳が「末は一家を継がせたい」と思った勘太郎だ。後腐れのないように、今の内に片付けておこうという魂胆であろう。

   「まだ若造だが、俺らは新免一刀流の免許皆伝だ。てめえらのドスじゃ俺らは斬れねぇぞ」
   「ガキが寝言を言ってやがる。殺ってしまえ」
 勘太郎は生意気な口をたたいたわりには、踵Pretty Renew 雅蘭を返すと出した。暫く追いかけさせておいて、いきなり立ち止まり身を翻した。
   「バーカ、息切れしてやがるの」
 勘太郎はこれを待っていたのだ。 長ドスの鞘を払うと、小さな力でも打撃を受ける首、鳩尾など所謂急所を責めて追手を次々倒していった。
   「追ってきたのは、五人だけか? もうドスが握ように、手首を斬り落としてやる。腕を前に出せ」
   「勘太郎待ってくれ、もう手出しはしねぇ、勘弁してくれ」 半五郎が言った。
   「ヘン、その手には乗るものか、てめえらは猪熊親分の命令には背けねぇのだろうが」
   「そりゃあそうだが…」
   「では丸坊主にしたうえ、牡牛にするように大人しくさせてやろうか」
   「バカバカ、そんなこと止めてくれ」
   「俺らを殺れずに、おめおめと一家には帰れないだろう。うまれ故郷へ帰って親孝行しな。今に猪熊の親分がこっちに来るぞ」
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